アジアの女女映画 Vol.2『残夏』『恋物語』

児玉美月

映画はいつの時代も社会を映す鏡と言われています。このコーナーでは、映画執筆家の児玉美月が、映画をジェンダー、セクシュアリティ、フェミニズムなどの視点からご紹介していきます。物語が映し出すメッセージ、持っている意味について考えるきっかけとなり、映画の世界の新たな扉を開いていただけたらうれしいです。

今回は、前回に続いてアジア圏の女性同士の関係を描いた作品を2つご紹介します。

『残夏』(リー・ユー/2001年)

「中国初のレズビアン長編劇映画」と謳われた『残夏』。日本では2002年に開催されたレインボー・リール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭〜(当時・東京国際レズビアン&ゲイ映画祭)で上映された。物語は北京の動物園で働くシャオチュンと、衣料店のオーナーであるシャオリンの、二人の女性を中心に紡がれていく。

同じく北京を舞台にした『東宮西宮』(1996年)は、中国初のゲイ長編劇映画と言われている。同作では、警官の男性とゲイ男性による抑圧者と被抑圧者の不安定な力学関係に焦点を当てており、秘匿されてきた中国のゲイコミュニティの存在を白日の下に晒そうとした。一方『残夏』もまた、中国のレズビアンが公にほとんど存在していないかのように見えていたことが、その映像にも如実に立ち現れている。

撮影当時28歳だった監督のリー・ユーは、「同性愛者のことはあまり知らなかった」とインタビューで語った。2000年代に入り自分の周囲にも同性愛者が多くいることに気づいたが、それは突如として同性愛者が増えたわけではなく、元々いた同性愛者たちがカミングアウトし始めたということであり、そのことに興味を抱き、さらに彼らのことを知りたいと感じたことがきっかけになった。

しかし、特に多くの女性の映画監督にとって大きな課題である資金繰りには、やはりリー・ユーもまた苦労した。リー・ユーは、ようやく現れた男性の投資家から資金を出す代わりに性的要求をされたこともあったが、それを拒絶し友人や親戚などからお金を集めて製作に漕ぎ着けた。

もう一つの困難には、演じる俳優の問題があった。レズビアンを演じてくれるプロの俳優がいなかったため、リー・ユーは北京にあるレズビアンが通うクラブでシャオチュンとシャオリンを演じる女性を見つけた。二人は演技未経験だった。この映画の物語の幾分かは、この二人の実経験を基にしている。

フィクションでありながらドキュメンタリー的な要素を入れ込んでいるのはそれだけに留まらない。シャオチュンが母親らにカミングアウトする場面は脚本にはなく、その場で即興的に演じられたため、カミングアウトに対する反応は用意されたものではなく反射的になされたものだった。そしてそれは当然ながら、動揺に満ちていた。

そうして完成された『残夏』は、中国国内では一度だけ映画祭で上映されたが、当局が認めなかったため劇場での一般公開はされなかった上に、リー・ユーはブラックリストに入れられることになった。それでも、ベルリン国際映画祭やヴェネツィア国際映画祭を始め、世界各国の映画祭で上映されるや、『残夏』は国際的に高い評価を受けた。

シャオチュンの母親は、儒教の影響を受ける中国の強固な伝統的家族観を引き継いでおり、シャオチュンを結婚させるために何人もの男性とデートをさせる。そのかたわらでシャオチュンはシャオリンと出逢い、すぐに一緒に住み始めることになる。物語は強制的異性愛に抵抗しながら、女性同性愛をいかに可視化させるかに挑戦している。

ロングショットが多用された画面は、雑踏や街なかに紛れ込む遠巻きに映るレズビアンの姿を、まさに可視と不可視のあわいで揺さぶってゆく。それはつねにすでに彼女たちが私たちの隣にいたことを伝えようとしているものでもある。彼女たちはほとんど誰にも知られなくとも、多くの人と同じように生活し、働き、恋をしたり、あるいはしなかったりしているのだ。『残夏』は、観客にそんなあたりまえの事実を目の当たりにさせる。

『恋物語』(イ・ヒョンジュ/2015年)

ごくありふれたガール・ミーツ・ガールを志向する映画が、韓国にもある。その名も『恋物語』は、ここ日本では2016年に開催された東京フィルメックスのコンペティション部門で上映された。

『恋物語』では、主人公である32歳の美術大学院生ユンジュが、女性と初めての恋に落ちる瑞々しい物語が描かれる。ユンジュが恋に落ちたジスは、ユンジュよりも年下だが恋愛経験は豊富で、ユンジュを快活にリードしていく。すでに未熟な若者とは言い難い年齢を迎えているユンジュは、だがしかし恋をするとほかのことが手につかなくなってしまいさえする。

韓国ではパク・チャヌクの『お嬢さん』と同年に公開されたため、レズビアン映画を共通項として両者はよく比較された。しかしながらイ・ヒョンジュの『恋物語』は、映画的な審美性を追求した『お嬢さん』とはまったく趣向が異なり、自然でリアルな生活をそのまま切り取ろうとした映画である。

両作品ともに女性同士の性愛描写もあるが、『お嬢さん』は役者のそれぞれの身体が舞踏のようにやや過剰な動作を伴いながら動的な官能性を醸成していっていたのに対し、『恋物語』は身体の交わりよりも二人の息遣いや肌が擦り合う音が触覚的なテクスチュアを帯びていくのを感じ入らせていくもののように思える。音楽も映画ではたったの二度しか流れず、二人の生きる世界に観客はそっと耳を傾けることとなる。

前述の『残夏』でもレズビアンを演じる俳優を見つけることの困難さに触れたが、イ・ヒョンジュによれば、『恋物語』以前に監督した女性同性愛を含むいくつかの短編作品の頃は、名乗り出てくれる俳優がより少なかった。レズビアンが韓国社会にとっていかに抑圧された存在であるかは、この直前に製作された『私の少女』(チョン・ジュリ/2014年)が静かに告発している。

とりわけそんな同性愛嫌悪の苛烈な韓国社会で同性愛を含む映画を製作するにあたり、イ・ヒョンジュは次のように話す。クィア映画のなかには、同性カップルは尊重され社会的に受け入れられるべきという視点からアプローチしようとするものがあるが、『恋物語』では同性同士の関係はそのような大それたものではなく、恋愛に関して異性カップルと何ら変わりがないのだと言いたかった、と。

その言葉の通り、『恋物語』の二人の女性はただ出逢って恋に落ち、蜜月の時間が過ぎ去るとすれ違いで距離ができたり、そしてまた気まぐれに近づいたりする。映画は二人の恋の行く先を最後まで描くことはしないが、ここで描かれているのは、もしかしたら運命の相手との大恋愛などではなく、通過するだけのとるにたらない恋なのかもしれない。

「LGBT映画」は、しばしば同性との恋や愛を「異性ではなく同性が相手だからこそ唯一無二で尊いのだ」といった文脈で描きもする。だからこそ『恋物語』のなんのてらいもない恋愛模様は、かけがえない輝きを放っているのかもしれない。

この映画のなかで最後にかぼそく発せられる「会いたかった」という言葉は、スクリーンに映される二人の愛にとって切実な意味を持つだけでは終わらない。「会いたかった」――。その言葉は翼をつけて、きっとスクリーンの向こう側にいる観客の心のもとにも舞い降りただろう。

当時の韓国で女性同性愛映画が増え始めている理由を問われたイ・ヒョンジュは、「以前から待ち望んでいた人たちがいたのだと思う」と答えている。たしかに長い沈黙を超えて、私たちはずっとこんな物語と「会いたかった」のだ。

【参考文献】
Jin Zhao,Imagining Queerness_ Sexualities in Underground Films in the Cont emporary P. R. China. (Georgia State University,2011)

Liang Shi,Chinese Lesbian Cinema: Mirror Rubbing, Lala, and Les. (Lexington Books,2014)

Kang,Kai,Beyond New Waves- Gender and Sexuality in Sinophone Women's Cinema from the 1980s to the 2000s.(University of California – Riverside,2015)

“LEE Hyun-ju, Director of OUR LOVE STORY”.KOFIC

“Lee Hyun-ju seeks to tell untold stories on screen : A lesbian couple’s relationship blossoms in ‘Our Love Story’”. Korea JoongAng Daily

“11/24 『恋物語』 Q&A”. TOKYO FILMeX

※なお、『恋物語』のイ・ヒョンジュ監督は2015年に起こした性的暴行事件で有罪判決を受けた。その後、事件の責任を取って映画界を引退したため、『恋物語』が監督最後の映画となった。

児玉美月 映画執筆家

映画執筆業。詩を書くようにして映画を言葉にするのが好きです。

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