酒、友情、そして人生──『プアン/友だちと呼ばせて』が描く追憶の旅

折田侑駿

©2021 Jet Tone Contents Inc.All Rights Reserved.

つい最近、大切な人が亡くなった。30代に入ったばかりの私はまだ若輩者とはいえ、重ねた年齢と歳月の分、それなりに人生経験も積んできたつもり。人生に起こる大概のことに慣れていくのが「大人」になることの証なのだろうけれど、誰かが自分のそばからいなくなるのは辛くて辛くてしょうがない。そういう意味でいえば、私はまだまだ「子ども」なのだ。

気を抜くと悲しみがどっと押し寄せてくるため、家にこもってひたすら酒を飲んでみた。ビール、焼酎、日本酒、ウィスキー(どれも安物)。味は関係ない。大切な人のいないこの現実から、つかの間でも逃避できればそれでよいのだ──ああ、つい自分語りへと走ってしまう。ここは「映画とお酒」について語るコーナー。今回はタイから届いた『プアン/友だちと呼ばせて』に触れてみよう。

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『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』のバズ・プーンピリヤ監督による本作は、男同士の友情を描いたロード・ムービーだ。ニューヨークでバーを経営するボスはある夜、音信不通だった友人のウードから不意に連絡を受ける。聞けば彼は余命宣告をされており、死ぬ前に頼みがあるというのだ。複雑な気持ちを抱えたままバンコクへと駆けつけたボスは、ウードが元カノたちに会いに行く旅のお供をすることに。これは過ぎ去りし日を振り返る追憶の旅でもあるのだ。

プロデューサーを務めているのはウォン・カーウァイ。ドラマのパートはしっとりロマンティックで、ボスがカクテルを作るシーンはスタイリッシュで気分がいい。観ているこちらはノンアルでもハイになる。やがて物語は切ないものへと転じていくのだが、鑑賞後に残るのは感傷よりも安堵。ウードが亡くなったとて、映画が終わったとて、彼らの友情と旅した事実は無くならないのである。

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私が亡くしたのは祖父だ。もう高齢だったのだから仕方がない。けれどもどうしても心残りなのは、突然のことで会いに行けなかったこと。そしていまのこのご時世を理由にして、ここ数年、会いに行かなかったこと。いつまでも生きているものだと思い込んでいた。思い込もうとしていた。高齢者や病を抱えた人だけにかぎらないだろう。私だって、あなただって、明日どうなるのか分からない。だからこそ誰かの顔が浮かんだときは、すぐさま会いに行くべきである。意を決してウードはボスに連絡をし、ボスはウードの元へと飛んだ。大切な人との関係はこうありたいと思う。

まだまだ「子ども」のくせに現実逃避のために酒など飲んでいると、やはり何よりも先に祖父の顔が浮かんでくる。それも最後に会った日の彼ではなく、いまから20年くらい前、晩酌をしているときの祖父だ。暴飲しがちな私と違い、祖父は夕食時に瓶ビールを一本だけゆっくりと愉しむ人だった。晩酌時の私は缶ビール派だが、酒場では必ず瓶ビールを注文する。生ビールをジョッキで飲むことはほとんどない。もしかすると、グラスにビールを注いで愉しんでいた祖父の姿が影響しているのかもしれない、とふと思う。無意識のうちにマネしがちな性分である。

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これは親愛なる友人たちに対しても同じ。自分を形成するあらゆる部分が、たくさんの大切な人たちでできている。これにはたと気がつくと、なんだか自分のことも大切に思えてくるが、体を大事にしようと断酒を試みてみたがダメだった。まあ、またそうやって一人で内にこもるより、いまこの瞬間に浮かんだ誰かの顔を見に行く方がずっといい。ボスはウードのため、時差も国境も超える。美味い酒も、面白い映画も、そして人生も、誰かと共有した方がずっと豊かだ。あの人に会いに行こう。「大人」になる必要なんてないのかもしれない。

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『プアン/友だちと呼ばせて』
監督 / バズ・プーンピリア
製作総指揮 / ウォン・カーウァイ
出演 / トー・タナポップ、アイス・ナッタラット、プローイ・ホーワン、ヌン・シラパン
公開 / 8月5日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、渋谷シネクイント 他
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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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