やるのか、やらないのか──決意の一杯と『義足のボクサー GENSAN PUNCH』

折田侑駿

©2022「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

何かを成し遂げたときに飲む祝いの酒は美味い。そうに決まっている。けれども、何かを「やる」と決意したときの酒も美味いものだ。信頼する友との約束、自分との誓い。そのとき口にする一杯は、じつに忘れがたいものである。この味を忘れないため、そして再び巡り合うため、奮闘する。一度「やる」と決めたことを途中で投げ出してしまえば、やがて口にするその酒の味はまったく違うものになっていることだろう。

©2022「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

フィリピンの名匠ブリランテ・メンドーサ監督の最新作『義足のボクサー GENSAN PUNCH』は、タイトルから想像できるとおり義足のボクサーの奮闘を描いた映画である。

幼少期に右脚の膝から下を失った主人公・津山尚生は、プロボクサーになれるだけの確かな実力を持っているものの、日本ではプロになれない現実に直面。プロライセンスの申請をしたところ、「身体条件の規定に沿わない」として却下されてしまったのだ。それでもプロになる夢を諦めない尚生はフィリピンへと渡ることに。ここではプロを目指すボクサーたちの大会で3戦全勝すればプロライセンスを取得できる。義足に関しては試合前にメディカルチェックを受ければ問題ないという。

こうして尚生は異文化の中で、新たにプロボクサーへの道を歩みだすのだ。「やる」と決めたことに一心に取り組む男の姿が刻まれた、胸熱くなる物語である。

©2022「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

僕はこの映画を、2021年の東京国際映画祭で観た。2015年の同映画祭のフィリピン映画特集にて『フォスター・チャイルド』(2007年)を観てからというもの、メンドーサ監督の作品に魅せられてきたものだ。しかし、『義足のボクサー GENSAN PUNCH』の映画祭での上映スケジュールに自分のスケジュールを合わせるのが難しい。本作は日本との合作でもあるから、劇場公開は確実だろう。その機会を待とうと考えていた。

そんなある日、主演の尚玄さんと出会った。映画祭関係者が集まるラウンジにて、ある監督から紹介していただいたのだ。そのときに、彼が本作のプロデューサーでもあり、尚生のモデルとなった方の半生を映画にしたいと自ら発案したのだという話を聞いた。僕はハートランドビールを手にしていて、たしか尚玄さんは赤ワインを飲んでいたと思う。

あの場で、映画というものにかける彼の思いや、俳優業に対する自身のスタンスを教えてもらった。カッコいい生き方をしている人である。彼と話しをしていて(ほぼ聞いてばかりだったが)、自分の中で何かが動くのを感じた。数日後の上映に駆けつけたのは言うまでもない。

©2022「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

さまざまな業界でさまざまな問題が、次々と明らかになる昨今。尚玄さんは映画界を自分のスタイルでサバイブしている。僕も僕で、物書きとしてサバイブしている。楽な仕事ではないし、いつまで続けられるものかと不安になることは多い(ぶっちゃけ、二日に一回以上ある)。

けれども、どうにかサバイブしている。尚玄さんの言葉には、共鳴する何かがあった。それは僕にとって特別なものなので、ここには書かない。スクリーンに映し出される劇中の尚生は、僕が実際に言葉を交わした尚玄さん本人と重なるものだった。彼らは、「やる」と決めたら本当に「やる」のだ。映画を観た夜、僕はある決意をした。個人的なことなので、ここには書かない。いい映画を観たからというのはもちろんあるのだろうけれど、その決意とともに口にした酒は美味かった。

年間300本以上は飲んでいるはずのキリンの「淡麗グリーンラベル」が、いつもと違ったのだ。決意するのは何だっていい。やるのか、やらないのか。飲(や)るのか、飲(や)らないのか。それは僕たちしだい。

©2022「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

『義足のボクサー GENSAN PUNCH』
監督 / ブリランテ・メンドーサ
出演 / 尚玄、ロニー・ラザロ、ビューティー・ゴンザレス、南果歩
公開 / 6月10日(金)より全国公開
©2022「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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