甦る『犬神家の一族』とともに追想する望月での一日【折田侑駿の映画とお酒の愉快なカンケイ】

折田侑駿

©KADOKAWA1976

「金田一先生はこちらの部屋にお泊まりになったんですか?」

「はい。こちらが金田一先生がお泊まりなられたお部屋です」

―数年前、長野県佐久市でこんなやり取りをしたことがある。この地にかの名探偵・金田一耕助氏が宿泊した宿があることを知った筆者は、いそいそと赴いたのだ。尊敬する金田一先生が寝泊まりした部屋で一夜を過ごす──これまで幾度となく誰かに自慢してきたこの体験。 なぜいまこれについて書いているのかといえば、あの『犬神家の一族』(1976年)の「4Kデジタル修復版」が上映されているからである。もちろん、本作の“顔”ともいえるあのスケキヨも4Kだ。

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もはや説明不要の作品であろうから、物語の内容については、“信州財界の大物である犬神佐兵衛が残した遺言状の内容をめぐって起きる連続殺人事件の解決に、探偵の金田一耕助(石坂浩二)が奔走する。”くらいにとどめておこう。筆者は本作を繰り返し自宅のテレビで観ているし、スクリーンで観たこともある。

しかしやはり、4K版『犬神家の一族』は圧倒的に違う。映し出されるそのすべてが息を呑む美しさ。まぶしい陽光に、揺れる水面、木々の緑はもちろんのこと、飛び散る鮮血は文字通り“鮮やか”に本作の持つ恐ろしさを増幅させ、4K化したスケキヨも凄まじい迫力だ。

むろん、金田一先生の泊まる「那須ホテル」のふすまのシミまでクリアに見て取れる。とはいえこの宿名は、あくまでも映画内での名であって、ロケに使用された実際の宿の名は「井出野屋旅館」という。筆者は映画に導かれて旅立ち、この旅館で一晩過ごしたのである。

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山と川に囲まれた風情あふれる望月の町を歩いていると現れる井出野屋旅館。変遷する時代の空気を吸ってきたのであろうその佇まいに目を奪われ、得も言われぬノスタルジアで胸がいっぱいに。脳内再生された大野雄二によるメインテーマ「愛のバラード」が爆音で鳴り響き、何か言葉を口にするよりも先に、気づけば涙が頬をつたっている。

同行していた友人も同じようだった。さっそく扉を開けてしまいたいところだけれど、宿の外観を目にしただけでこの状態。気持ちの整理がつかぬまま室内へと入っていけば、果たしてどうなるか……。

ということで周辺の散策に出かける。興奮で喉がカラカラだし、何よりいまこの瞬間を缶ビールでも開けて祝いたい気持ちが大きかった。しかし、酒屋を探すもなかなか見つからない。町の人々に道を尋ねては、少しだけ言葉を交わすことができたのが良かった。ようやくありついた軽井沢ビールは、二月の佐久の澄んだ空気をよりクリアなものにしてくれる美味さ。またも泣いたものである。

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夕暮れ時が近づく頃、いよいよ入館。戸を開けてすぐ、金田一先生が駆け上がった階段がまず目に入った。その漆黒さから、よく手入れされていることが分かる。部屋だってそう。シミだらけの障子が目立つ映画のなかのボロ宿とは大違い。夕食にはこの地の名物である鯉を使った料理に馬刺、信州蕎麦とフルコース。キリンのラガービールの深いコクが良く合い、ビール党の筆者たちはせっかくの地酒そっちのけでガブガブ飲んだ。

そのせいで白米を大量に残してしまったほどである(おひつを開けると五合ほど入っていたのだが、いくら客が大の男二人とはいえ、女将さんは本当に私たちが完食できると思ったのか……謎である)。それでいてこの宿は価格も非常に良心的。もしも金田一先生がこれらを前にしていたら事件は解決していなかったかもしれない。鮮やかに甦った『犬神家の一族』を観て、あの一日を追想し、あれこれ夢想せずにはいられない。

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『犬神家の一族 4K』
テアトル新宿ほかにて全国順次公開中
12月24日(金)Blu-ray発売
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※折田侑駿さんの今回のコラムを含む、ミニシアター限定のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」12月号についてはこちら。
⇒12月号の表紙は『偶然の想像』の濱口竜介監督!「DOKUSOマガジン vol.3」配布劇場とWEB版のお知らせ/p>

折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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