心の雨宿りをさせてくれた映画『恋は雨上がりのように』と渋谷・富士屋本店
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心の雨宿りをさせてくれた映画『恋は雨上がりのように』と渋谷・富士屋本店

折田侑駿

©2018映画「恋は雨上がりのように」製作委員会 ©2014 眉月じゅん/小学館

「もうすぐ憂鬱な梅雨がやってくる。気が重いなあ……」いくつになっても梅雨は慣れない。雨風にさらされると考えただけで、

雨が降る日は何もしない
髪がベタベタするから
風が吹く日も何もしない
どこか消えたくなるから
「昆虫ロック」 作詞:SHINTAROU SAKAMOTO

と、ゆらゆら帝国の「昆虫ロック」が脳内で再生される。

そう、とにかく梅雨は気が滅入るのだ。こんな調子で果たして夏を迎えられるのか、先が思いやられる。気をたしかに持たなくては。これは仕事終わりに道玄坂を歩いていた2018年5月下旬のこと。

その夜の予定は決めていた。映画『恋は雨上がりのように』の封切り日。先んじてマスコミ試写で観ていたが、あまりに好ましい映画だったため、必ずや公開初日に観ようと決めていたのだ。

©2018映画「恋は雨上がりのように」製作委員会 ©2014 眉月じゅん/小学館

内容は、年の離れた男女の恋模様を綴ったもの。高校2年生の橘あきら(小松菜奈)が、たまたま入ったファミレスにて店長の近藤(大泉洋)に優しく声をかけられるところからはじまる。

陸上の道をケガによって断念しなければならなくなった彼女は、このとき放心状態にあったのだ。しかしこれをきっかけに、あきらはファミレスでアルバイトをはじめることに。彼女は陸上以外に、生きる張り合いを持てる“何か”を見つけるのだ。それが“恋心”だというのは、タイトルから想像できるだろう。

※以下、本編のネタバレあり



ここでしっかりネタバレしてしまうと、ふたりが結ばれることはない。そもそも近藤は、あきらの好意にまったく気がつかいない鈍感な男。あきらもあきらで気持ちを伝えるのが得意ではないため、ふたりの間にはほのぼのとしたすれ違いが生じる。常に展開するのは、まだ幼さの残るあきらが近藤をまっすぐに追いかける光景。

ところがこの男は少女の懸命な好意のまなざしを“睨まれている”などと勘違いし、果ては“ゴミを見るような目”とまで言ってのける。つい呆れてしまうが、こんな不器用なふたりだからこそ、いわゆる“禁断の恋”的なものは生まれず、クスッと笑えてちょっぴり切ない、そんな爽やかな風が吹いている作品に仕上がっているのだ。

©2018映画「恋は雨上がりのように」製作委員会 ©2014 眉月じゅん/小学館

さて、前置きが長くなってしまったが、本稿は『恋は雨上がりのように』の魅力を語るだけのものではない。そこにはもちろん〈酒〉が介在する! ヒロインが未成年ということもあり、劇中にアルコールが登場するのは限られた場面のみであるが、筆者にとって本作は、渋谷における酒場シーンと強力に結びついているのだ。

冒頭で述べたように、本作を鑑賞したのは2018年の梅雨入り前のとある夜であり、仕事終わりの金曜日のこと。筆者の歩いていた道玄坂周辺はもちろん、渋谷の街全体が色めき立っていたように思う。奥渋谷あたりからも声が聞こえてきたくらいだ。

つまりは華金だったのだ。しかも、鑑賞するのはレイトショー。開映時間までは、まだ2時間以上もあった。となれば、することはひとつに決まっている。そう。飲酒である。とはいうものの、腰を落ち着けてしっぽり“飲る”ほどの時間はないし、まさか酔っ払った状態で映画館に行くわけにもいかない。しかし、とにもかくにもキンキンに冷えた旨いビールが飲みたい……そこで私が向かったのが桜丘町。目指すのはもちろん、老舗の名店「富士屋本店」だ。

大型の立ち飲み屋である同店は、この年の10月30日に、多くの酒飲みたちに惜しまれながら、47年におよぶ歴史に幕を下ろした。地下にある店内は、いつ行ってもお祭り状態。瓶ビールやホッピーを冷やしてある冷蔵庫、油の弾けるフライヤーなど、従業員の方々が慌ただしく駆け回る店の中枢である調理場をぐるりと囲むようにロの字型のカウンターがあり、ここに仕事帰りの人々が目白押しで、サッポロ黒ラベルでのどを潤す。

そして、さすがは立ち飲み屋らしい価格帯ながらも、どれも美味なつまみの数々で舌鼓を打つのだ。あちこちから聞こえてくるのは、職場でのグチに恋バナなどなど。これに盛り上がりを見せる者たちとは無関係であるはずなのに、なぜか隣で微笑みながらひとりでウンウンうなずき、ハイボールをちびちびやっている常連客とおぼしき男性。若輩者の筆者もこれに倣い、こなれた風を装って、たいがいはひとりで足を運んだものである。

この日──つまり、『恋は雨上がりのように』封切り日である華金──も多くの人が汗をかきかきジョッキをあおっていた。梅雨入りを前にした、5月下旬の渋谷のとある地下の熱狂に満ちた空間。そこにはこの界隈で生活を営む人々の、“あるべき姿”があったように思う。

筆者もいつものように瓶ビール(大:450円)を2本と、なすみそ炒め(250円)、スパゲティーサラダ(200円)で空腹を満たし、サクッと憂さを晴らす。あまり食べ過ぎたり飲み過ぎたりしてしまっては、この後の映画鑑賞に支障が出るから要注意だ。少し動けばほかの客の体に触れてしまうほどの空間では、気遣いも重要。ほろ酔い気分になるかならないか、というところで店を後にし、映画館へと向かう。

映画を観て気分転換できることもあるかと思うが、やはり気分転換してから映画を観る方がいいに決まっている。間違いない。そして、試写室で観たとき以上に『恋は雨上がりのように』が筆者の気分をスカッとさせてくれたのも言うまでもない。

©2018映画「恋は雨上がりのように」製作委員会 ©2014 眉月じゅん/小学館

職場→富士屋本店→映画館というコースは、華金を迎えるたびにたどったものである。このコースをたどる日を、いつも心待ちにしていた。雨宿り気分で富士屋本店に立ち寄れば、店を出る頃には気持ちは晴れ晴れ。ところが、渋谷区の再開発によってこの店がなくなったのは先に記したとおりだ。同店とは趣を異にする系列店がいくつかあるが、「大衆酒場」と銘打たれたのはこちらだけ。やはりあの喧騒が懐かしい。いや……懐かしくなってとうぜんのこのご時世でもある。

時代の流れによって失われるものはあるが、そこに新たな文化が生まれるのもまた事実。『恋は雨上がりのように』のヒロイン・あきらは、ファミレスで青春時代の“雨宿り”をした。だがやがて彼女は、爽やかな風を背に受けてふたたび走り出す──。富士屋本店は日常生活を送るうえで、まさに雨宿りをさせてくれる場所だった。またあのような場所に出会えることを信じて、夏に向けて走り出したいものである。しみじみ。
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