トランス状態はほどほどに……『CLIMAX クライマックス』

折田侑駿

「ねえねえ、キミ、キマッてル?」──見知らぬヤカラから、ニヤついた顔でこう声をかけられることがある。笑止千万。オレは安い発泡酒をあおるだけで十二分に“ガンギマリ”できてしまうタチだから、彼らの口にするようなブツなんてまったくもって必要ナシ。生まれてこの方、そういった類いのものにはこれっぽっちも手をつけたことがない。まったく失礼な連中だ。

冒頭のフザけた一言のように、知らないヤカラが声をかけてくる(=絡んでくる)ことが多々ある。いや、「多々“あった”」と過去形で記すべきか。当然いまはそんな環境に身を置いていない。酩酊状態での深夜徘徊……あの頃が懐かしい……。ということで、“あの頃”に思いを馳せ、現在形で記していきたい。

──ともあれ、彼らはアマチュアなんだろう。無視するかテキトーにあしらってやるのが正解だ。「てっきりヤッてるのかと思ったよ〜」──なんて言われることもあるのだが、こちらとしては、あの何かと話題のストロングゼロすら恐ろしく感じている身。たとえ差し入れの品であっても簡単には口をつけられないのだから、そんなものをやるわけがない。たとえ、すでにアルコールによって意識が混濁していたとしても、危ない連中からの熱烈な勧めだって断る自信がある(いまのところはそんな勧めはありません)。ダメ。ゼッタイ。

そう、オレはこのハイボールで十分さ──って感じで、2杯が3杯に、3杯が4杯になり、気がつけば目の前が真っ暗。やがて迎える二日酔いの朝。重い絶望感を背に負い、奇妙な方向にひん曲がって自由のきかない身体をベッドから引きずり下ろす。イッテー。満身創痍。むろん、アルコールだけでこうなるはずがない。たぶん、おそらく、いや間違いなく、踊ったんだろう。『鬼滅の刃』の那田蜘蛛山で、下弦の伍である累の母鬼に操られていた鬼殺隊の隊士たちのように、モロに関節がやられているのだ。

オレを“お人形”のようにしたのは何者か?──もちろん、酒だ。それは分かっている。しかし、何者かに何かしらを盛られた可能性は否定できない! もしかすると、あのとき……もしかすると、あの場で……もしかすると、だ、誰かが……。──そんな疑心暗鬼に陥ってしまうと終わりだ。“鬼”を狩りたいが、もうすべてが鬼に見える。すでに解きがたい血鬼術にかかっている。

この連載「折田侑駿の映画とお酒の愉快なカンケイ」の第二回目にして、偉そうにも一人称を「オレ」としているのだけれど、酒に酔ったとき、人は人称が変わる──僕、私、オレ、オイラ、あちき、あなた、キミ、お前、てめぇ、貴様etc.──ことがある。さらには人相が変わることもある。嗚呼、無礼講上等!

──そして、人生が変わってしまう。

©2018 RECTANGLE PRODUCTIONS-WILD BUNCH-LES CINEMAS DE LA ZONE-ESKWAD-KNM-ARTE FRANCE CINEMA-ARTEMIS PRODUCTIONS

そんなこんなで、今回は泥酔気味でギャスパー・ノエ監督による胸クソ悪い大傑作『CLIMAX クライマックス』(2018)の暖簾をくぐってみたい。あれこそまさに、疑心暗鬼に陥ったクレイジー過ぎる連中が、阿鼻叫喚、空前絶後、奇妙奇天烈な地獄に堕ちていく話だ。

あの映画に対する評価はみんなそれぞれだと思うのだけど、「誇りを持って世に出すフランス映画」と字幕が表示されるのに続いて、Cerroneの「SUPERNATURE(INSTRUMENTAL CLIMAX EDIT)」が劇場内に鳴り響き、スクリーン内では演技未経験のダンサーたちが華麗かつ豪快に踊りだす、あの冒頭の高揚感は忘れがたい。思い出しただけで身震い&クラクラする。

幸いにもシラフの状態で観たから良かった(劇場で観た人のほとんどがそうだと思うけど)。万が一にも入場者プレゼントでアルコール度数9%超えのストロング並みのサングリアもどきの酒なんて配られようもんなら、おとなしく座席に座って観ているヤツなんていないだろう。音響やカメラワークによって観客を物語世界に引きずり込む効果も相まって、そこは一瞬にしてキケンなパーティー会場となるに違いない。

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本作は、世界各地から最高のダンサーたちが集った打ち上げの場で、みなが口にするサングリアに何者かの手によってLSDが混入されており、誰も彼もがド派手にバグり散らかす物語。とはいえ、キケンなドラッグが混入されていなくとも、酒を浴びてあんなにも激しく全身を動かせば、誰もがトランス状態へと突入し、バッドトリップしてしまうのは当たり前だろうというのが正直なところ。たかだかハイボールだけでもそうなってしまうのは身をもって立証済みだ。

オレはテンションが上りすぎてすぐにキマってしまい、やらかしてしまうことがしょっちゅう。基本、酒の席での話は覚えていない。翌日になって、その場に居合わせた人間から自分の痴態を聞かされ、失われし記憶を補完していくのがいつものパターン。その内容によってはゾッとすることも多い。悪事を働くことは(おそらく)ないようだが、朝まで飲めば「九死に一生スペシャル」の連続。いずれ大特番が組める。

まあ、お酒とそれなりに馴染みのある人ならば、大なり小なり似た経験はしていることだろう。『CLIMAX クライマックス』の超優秀なダンサーたちは、最終的に地獄絵図を描くことになるのだが、オレたちだっていつあんなバッドモードに入るか分からない。酒にかぎらず、トランス状態の恍惚感はクセになるがほどほどに。

そういえば、サングリアの材料として苺がよく使われるけれど、「苺」と「毒」ってパッと見よく似ている。酔った状態だと、つい読み間違えそう。いまならちゃんと読める。ふう、ようやく酔いが醒めてきた。

©2018 RECTANGLE PRODUCTIONS-WILD BUNCH-LES CINEMAS DE LA ZONE-ESKWAD-KNM-ARTE FRANCE CINEMA-ARTEMIS PRODUCTIONS

折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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