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『ニトラム/NITRAM』狂気へ至る引き金が引かれる時。凶悪事件に潜む心の闇と救済の光

ミヤザキタケル

©2021 Good Thing Productions Company Pty Ltd, Filmfest Limited

1996年にオーストラリアを震撼させた無差別銃乱射事件「ポート・アーサー事件」の犯人、マーティン・ブライアントの人間性に迫り、オーストラリア・アカデミー賞主要8部門、カンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞したジャスティン・カーゼル監督作。

幼い頃から周囲と馴染めず、同級生からマーティン(MARTIN)を逆さ読みした「ニトラム(NITRAM)」と蔑まれてきた青年(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)は、ある日、引きこもりの裕福な女性ヘレン(エッシー・デイヴィス)と親しくなる。しかし、彼女との関係が予期せぬ事態を迎えたことで、徐々に破壊の道へと足を踏み入れていくことになるのだが…。

©2021 Good Thing Productions Company Pty Ltd, Filmfest Limited

まずはじめに、ハッキリとさせておきたいことがある。それは、本作は決して犯人を擁護しようとしているわけではなく、肯定しようとしているわけでもなく、同情しているわけでもないということ。

本作を薦めるにあたり、僕自身もその姿勢は変わらない。35名もの命が失われている以上、23名が負った傷みや恐怖がある以上、その家族や恋人や友人が味わった怒りや嘆きがある以上、どんな事情があったとて、許されることではない。では、本作は一体何を描いているのか。その答えにこそ、本作最大の価値や魅力が宿っており、その答えに触れて欲しくて、僕はこうして本作をあなたに紹介するのです。

結果として、当時27歳の青年は凶悪な事件を引き起こし、数多の命を奪った。社会的に「悪」であることは揺らぐことのない事実である。だが、持って生まれた人間としての性質そのものが「悪」であったかどうかまでは分からない。日頃ニュースなどで報じられる“結果”にばかり目が留まり、その辺りを僕たちは突き詰めて見極めようとはしない。けれど、もしもその始まりが「悪」でないのなら、事件を引き起こすに至ったトリガーが必ず存在するはずだ。

©2021 Good Thing Productions Company Pty Ltd, Filmfest Limited

映し出されていく青年の日常から垣間見えてくるもの。それは耐え難い“孤独”。周囲と同じように生きられない自身に苦悩し、他者と関係を築きたくても上手くいかない現実に辟易し、誰かに必要とされたくて奇行へと走ってしまう彼の心情は、(知的障害やメンタルヘルスの問題を抱えていた可能性があるとはいえ)決して理解不能なものではないと思う。

日々生きていく中で、理不尽な出来事やどうにもならない現実に直面すれば、何もかもを投げ出したくなってしまう瞬間が訪れる。そこで踏み留まることができているのだとすれば、それはおそらく他者の支えがあってこそ。家族・恋人・友人・SNS上の繋がりだって構わない。たった一人でも自分を必要としてくれる他者の存在を認識できていたのなら、僕たちはどうにかこうにか踏ん張れる。

©2021 Good Thing Productions Company Pty Ltd, Filmfest Limited

しかし、そういった存在が失われてしまったのなら、端から存在しないのなら、狂気へと足を踏み入れてしまう可能性は高まり、もしそこに「銃」という選択肢があったのならば、自身に向けるにしろ他者に向けるにしろ、引き金を引いてしまう可能性はゼロではない。

犯行へと至るまでに青年が辿った道筋を通して、自身が狂気の扉を開けずに済んでいる理由、銃という選択肢があるからこそ生じる悲劇、自身が誰かにとっての救いになり得ることを、本作は強く突きつけてくれることだろう。同じ過ちが繰り返されぬよう、より良き未来が訪れるよう、願いを込めて。

©2021 Good Thing Productions Company Pty Ltd, Filmfest Limited

『ニトラム/NITRAM』
監督 / ジャスティン・カーゼル
出演 / ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジュディ・デイヴィス、エッシー・デイヴィス、ショーン・キーナン 他
公開 / 3月25日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺 他

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