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SNSとアルコールはときに幽霊よりも怖い──『回路』と晩酌

折田侑駿

©KADOKAWA・日本テレビ・博報堂・IMAGICA/2001

「幽霊に会いたいですか?」──という印象的な言葉が登場する映画がある。黒沢清監督による『回路』だ。

いまから20年前の2001年に公開された同作は、本格的な“ネット社会”の到来を背景とした恐怖映画。インターネットを介することで人と人とが簡単につながり合えてしまうことの危険性を、ホラーテイストで描いている。

©KADOKAWA・日本テレビ・博報堂・IMAGICA/2001

『回路』あらすじ
『スパイの妻』の黒沢清監督による、2001年公開のサスペンスホラー。インターネットから巻き起こる恐怖を描く。一人暮しで平凡なOL生活を送るミチ(麻生久美子)の同僚が自殺、社長は失踪。次々に友達が、家族が消える奇妙な事件が…。一方、大学生の亮介(加藤晴彦)のPCには突如「幽霊に会いたいですか?」と表示され…。

ツイッターなどのSNSによって、「わたし」の発言が「あなた」のモノとなり、「あなた」の発言が「わたし」のモノとなってしまう昨今。気がつけば、『回路』がまがまがしく描出する世界に、時代に、突入してしまったのだと思う。

 ──と、まあ、マジメなハナシはこれぐらいにしておきたいところだ。

さあ、冒頭に記した問いかけに、あなたならなんと応えるか。私の場合、当然ながら「Yes!!!!!!!!」である。やっぱり交友関係は広いほうが楽しいし、人生経験は豊かなほうが毎日がうんと華やかになるというもの。とはいえ、ひとくちに「幽霊」といっても、いろいろある。

こちらの足を引っ張るようなヤツはもちろん願い下げ。できればある程度の社会性や協調性をもった、楽しく酒を飲めるようなヤツがいい(もしも飲めないのなら、こちらが飲むのにいい感じに付き合ってくれるような……とにかく楽しく一緒に過ごせるタイプ)。

こちらが気持ちよく晩酌をしているところで、その場の温度(というか私の体温)を勝手に上げ下げしたり、しきりに耳もとで「◎¥△$♪×%#?●&!\(-o-)/◇◆」などとささやかれるのも気分が悪い。こちらが理解のできない言葉、というか、信号を送られたって困るのだ(もちろん、理解しようと努めはするけれども……)。

©KADOKAWA・日本テレビ・博報堂・IMAGICA/2001

私は『回路』を繰り返し観ているが、鑑賞するタイミングによっていろいろと考えさせられる映画だ。まあ、たいがいは深夜に酔っ払いながら観ているため、どちらかというと先に述べてきたようなバカバカしいことばかりをついつい考えてしまう。そういった意味では、あらゆるタイプの観客に開かれた映画だといえるのかもしれない。このときの私はちょっと不誠実な観客である。

鑑賞当日は酔いつぶれて意識が混濁し、そのままベッドに倒れ込むので問題はない。ところが翌日の夜になって、ようやく本格的な恐怖がやってくる。トイレやクローゼットの扉のすき間、部屋の壁に伸びた影、テレビやパソコンやスマートフォンの黒い画面──そこに「何か」がひそんでいるのではないかと“思い出し恐怖”することになる。そしてその恐怖心を取り払う(祓う)ため、またも飲むことになるのだ。そうしてこんなことを繰り返していると、やがて「視える」ようになってくる。

©KADOKAWA・日本テレビ・博報堂・IMAGICA/2001

過度な飲酒を重ねた果てに、視えてしまうことがある人はいないだろうか。ひょっとするとそれは、大量のアルコール摂取によって脳がダメージを受けて目にする幻覚なのかもしれない。あるいは、アルコールによって解きほぐされた精神が、「何か」を呼び寄せていることもあると思う。

もちろん、霊感というか、そもそも個人が持っている資質や体質も関係しているのはたしか。視界の端に黒い影がチラついたり、怪音が聞こえてくるようならば、すぐにベッドに入って毛布にくるまろう。本当に何かがやってきてしまう前に。

 「………………」

さて、『回路』は“ネット社会”を背景とした恐怖映画だと記した。あれからちょうど20年。TwitterやLINEなどのコミュニケーションツールの利用が当たり前となった現在、いつでもどこからでも他者にアクセスし、交流することが可能となった。なってしまった。私も日常的に利用している。情報を得るのに、発信するのに、とても便利だ。しかしこれも、酒との組み合わせには注意が要る。

私もよく(平時であれば)お気に入りの酒場に足を運んだ際や、旨い肴を目の前にして胸が躍ると、「誰かに見せたい」という欲求が沸き上がり、不特定多数の者たちに向けて一方的にシェアする。また、気分が高揚してくると(基本的に私はアッパー系だ)、とち狂った世迷い言を「世界」に向けて放ってみたりもする。これはおそらく現代の病のひとつ。誰しも身に覚えがあるはず。

©KADOKAWA・日本テレビ・博報堂・IMAGICA/2001

それは「わたし」の言葉ではないのかもしれない。いや、ふだん「あなた」のなかで眠っている感情が、言葉としてむくりと起き上がってきたのかもしれない。けれども顔の(見え)ない者が放った言葉は、インターネットの海でまたたく間に拡がり、増殖し、漂流し続けていく。そしてそれは必ずやどこかの誰かが拾い、受け止めることになるだろう。

“バズる”ことがなくたって、少なくとも何人かはこのカオナシの言葉を目/耳にするのだ。

顔の(見え)ない言葉──ここに「幽霊」がいる。できれば悪霊ではなく、良い霊でありたい。

──とにもかくにも、SNSとアルコールはときに幽霊よりも怖い、「まぜるな危険」ということなのである。

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