スタッフKの「キネマ・ダイアリー」vol.2 『監督 今泉力哉』 | DOKUSO映画館

vol.2 今泉力哉 人生は曖昧!

“日本のホン・サンス”という言葉を最初に耳にしたときはまだ無垢だったのか、そのフレーズに心底ときめいたのを覚えています。それまで今泉力哉監督のことは知らなかったのですが、ホン・サンスの映画は大好きだったので、ひそかにまだ見ぬ世界への期待を膨らませたのでした。

ボタンがついた服や首元がしまっている服を嫌悪し続けて10年以上たったある日、何気なく見に行ったエリック・ロメールの特集上映で『愛の昼下がり』をみました。その翌日から突然、私はタートルネックやシャツを好んで着るようになりました。エリック・ロメールの映画が上映されるとなるべく予定を合わせて見に行きました。ウットリするようなスクリーンの中の世界に引きずりこまれ、映画が終わった後も思う存分余韻に浸りました。

そして “エリック・ロメールの弟子”と呼ばれたのがホン・サンスです。ホン・サンスの映画も狂ったようにみた時期がありました。
六畳のワンルームで初めての一人暮らしは寂しかったのか、私はエリック・ロメールやホン・サンスの映画を通してでしか周りを見ることができなかったのでした。

さて、今泉監督の話をすると、初めてみたのは『知らない、ふたり』でした。それ以来新作が公開されると必ずみに行って、過去の作品も全て、『たまの映画』もみました。(たま好きです!)

しかし初めて『知らない、ふたり』をみたときは、ホン・サンス『自由が丘で』『3人のアンヌ』『ソニはご機嫌ななめ』を見返した直後だったのに、エリック・ロメールの映画もホン・サンスの映画も思い浮かべることなくみ終わってしまいました。私の映画を見る目が足りないだけなのかもしれないのですが、それから何本今泉監督の映画をみても、エリック・ロメールやホン・サンスの映画とは全然違いました。さらに今泉監督の作品をどんどん見ていくたびにエリック・ロメールやホン・サンスと離れていくのでした。

今泉監督の映画には正解がありません。
今泉監督の作品を見たときによく思うことがあって、登場人物は心の奥の方で人生や人との関わり方の「正解のなさ」に戸惑いながら、そのことをあまり自覚していないのではないか、ということです。そして彼らは私が知らないところで、映画をみたり本を読んだり音楽を聞いたり誰かと関わったりして、ふと自分の中にある戸惑いを自覚し、寝て起きたらもう忘れてしまっている。そしてまた自分の戸惑いについて思い悩むのです。

エリック・ロメールの映画は私に私の中にある戸惑いを自覚させることがあるのですが、今泉監督の映画で自覚させられ心を揺さぶられることはあまりありませんでした。ただ私は、彼らも私と同じように戸惑いを自覚したりしなかったりして迷いながら生きている、という事実(私の想像ですが)に少し安心するのです。

『退屈な日々にさようならを』は、死生観という難しいテーマでありながら、正解のなさをとても大切にしている映画でした。やっと私は映画に依存することなくその曖昧さを受け入れることができるようになってきました。
今泉監督の映画は戸惑いを感じ悩んでいた時期の気持ちを静かに思い出させてくれるのです。それがとても心地いいのです。

『退屈な日々にさようならを』を見る

©ENBUゼミナール

  • LINE
  • facebook
  • twitter