vol.8 ワンナイト イン モンコック ノワールの詩学

…そして世界は泥である
(レオパルディ「詩歌集・わが身に寄せて」)

暴力が行き交うモンコックでは、不良少年の些細な喧嘩がマフィア同士の抗争に発展。中国本土から殺し屋が呼び寄せられます。湖南省からきたある娼婦はヤクザから暴行を受け、その場に偶然居合わせた殺し屋に救われます。一方、警察は2つの組織のボスと1人の殺し屋を逮捕する大掛かりな掃討作戦を開始。そのコードネームが《旺角黒夜(ワンナイト イン モンコック)》。

『ワンナイト イン モンコック』はクライム映画にとどまらず、刑事モノであり、人情モノであり、ミステリーです。

香港有数の繁華街であるモンコックは、世界で最も人口密度の高いエリアとして知られています。人がごった返す混沌とした街に、事件はつきものです。さらにお決まりの設定で物語は進んでいきます。登場する人物たちもどこかで見たことのあるようなキャラクターばかり。設定だけ見るとまさに香港ノワールと聞いて想像する香港ノワールなのです。
ところが『ワンナイト イン モンコック』は一筋縄ではいきません。

香港三大映画賞すべてにおいて監督賞を受賞した『ワンナイト イン モンコック』。監督・脚本イー・トンシンは俳優活動を経て監督デビューの後、自ら脚本や製作も手がけ、数々の映画賞を受賞しています。イー・トンシンといえば『つきせぬ想い』『忘れえぬ想い』などの人情ものやラブストーリーが代表作ですが、苦境に立たされた人間を描かせてかなう者はいません。その腕前はノワールをテーマにしても発揮されています。

脚本は綿密に設計されており、まるでミステリー小説のようです。そして様々な立場のキャラクターが深くまで掘り下げられていますが、誰をとってみてもわかりやすいのです。

殺し屋を演じるのはトップ俳優のダニエル・ウー。人気女優のセシリア・チャンは違和感なくヒロインの娼婦を演じています。
香港ノワールといえば銃撃戦などの激しいアクションですが、本作では繊細にキャラクターの心情を描きます。

殺し屋、娼婦、刑事たちの一人一人を丁寧に描き、それぞれが少しずつ交わっていく。
『ワンナイト イン モンコック』は香港ノワールにとどまらず、「物語」として傑出しているのです。

『ワンナイト イン モンコック』を見る

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