vol.3 飛べ!ダコタ より速く、より高く、より遠くへ

スタッフK

「鳥になりたい」という気持ちは成人してからも密かに抱き続けていて、人類共通の夢でもあるのではないかと思います。ビルや信号など気にも留めず、広〜い空を鳥のように自由に飛び回りたい…。

1903年、ライト兄弟の飛行機の発明によって人類の夢が実現されました。今でも飛行機は贅沢で優雅な乗り物で、電車や新幹線に比べると乗る機会は少なく、すぐ近くに見える雲や大空の美しい景色にワクワクするものです。

しかし、人類の夢を背負って誕生した飛行機は、第一次世界大戦ではすでに戦闘機や爆撃機として空を飛び、第二次世界大戦では戦闘の主役となってしまいます。そうなるといくら空を飛べると言ってもお断りです。

戦争で使われた飛行機の物語に『飛べ!ダコタ』という映画があります。主演は2020年春の朝ドラ『エール』で6年ぶりの男性主人公も演じているカメレオン俳優・窪田正孝。本作では、心身の傷で立ち止まってしまい、戦争の記憶を乗り越えようとする周囲の中で苦悩する主人公を熱演しています。

終戦から5ヶ月後、イギリス空軍の要人機《ダコタ》が佐渡島の高千村の海岸に不時着します。つい半年前まで敵国であった彼らに様々な想いを胸に抱く島民たち。しかし、村長はイギリス兵たちを自分が営む旅館に迎えます。
一方、兵学校での事故がもとで出征することなく終戦を迎えた主人公・健一は、一人殻に閉じこもっていました。
次第に打ち解け合う島民たちと英兵たちは、力を合わせダコタを再び空に舞いあがせるための滑走路づくりに励みます。そんな中、健一はダコタが親友の死んだビルマ戦線でイギリスの将軍専用機だったこと知り、激しい憎悪にとらわれてしまいます…。

『星の王子さま』の著者として有名なアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは、代表作『人間の土地』で次のようなことを述べます。

「飛行機は機械には相違ないが、しかしまたなんと微妙な分析の具であろう。この道具が僕らに真の相貌を発見させてくれる」

また、木下昌明は『映画批評の冒険』の中で、飛行機というものは再発見の道具だと言います。歴史はいくつも目を伏せたくなるような破壊を積み重ねてきたが、決して同じ形で繰り返されなかったのは道具の発達のためだ、と。人類は道具の発達に伴って再発見を重ねてきたのです。また、歴史を知ることなく真の相貌の再発見はあり得ず、道具の歴史を知ることで人類の再発見の軌跡や新たな再発見への手がかりも見えてくるはずです。

飛行機は人類の夢を乗せて飛びながら重い歴史を刻みました。時には戦闘機として、時にはリゾート地に運んでくれる旅客機として、様々な進歩を遂げながら、人類の再発見の道具という重要な役割を担います。『飛べ!ダコタ』のダコタも同様です。

村人が英兵たちと打ち解け、滑走路づくりの手伝いをする中で、ある主婦が「イギリスの人はこんないい人ばかりなのに、私たちは騙されて戦争に巻き込まれたんだ。」と言います。それに対し村長は「私もあなたたちも含む国民全員が戦争を始めたんだ。」と返します。
多くの村人たちと違って、健一がダコタを受け入れることができなかったのは、ダコタが破壊したもの、日本が破壊したもの、自分自身が破壊したものをよく知っていたからでしょうか。
そして罪を背負ったまま不時着してきたダコタは、歴史を知る健一の苦悩を誘発し、健一自身の再発見を促すことになります。
さらにこのダコタの物語は観客である私たちにも歴史を教え、私たち自身の再発見への手がかりにもなってくれます。

飛行機は破壊のパワーも持ちますが、ダコタのように敵対する人々に団結するきっかけを与え、全員の夢を乗せるパワーも持ちます。
それゆえに「飛べ!」と応援せずにはいられないのです。

いずれにしても人間が空を飛ぶことは、楽しいことばかりではなく苦悩も伴うようです。私が自由に空を飛びまわれる日は来るんだろうか、と考えながら、遠くに飛ぶ鳥や飛行機を見上げてしぶしぶ歩き始めます。

©「飛べ!ダコタ」製作委員会

スタッフK

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