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鹿の解体を通じて思い出した映画『ジャッリカットゥ 牛の怒り』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第10回】

根矢涼香

「このあたりは熊がでねえから、鹿などの獣が増えすぎて畑が荒らされる。動物も同じだが、自分達もこの場所で昔から生きてっから。」

友人の誘いで千葉県の農家さんの手伝いに行った。一日目は急斜面に生える伸びすぎた枇杷の木を手の届く高さまで剪定したのち、別の農家さんのこれまた伸びすぎて電線に届きそうな枝を切って運んで、もした。燃やす、ではなく、もす、というのが関東の田舎での方言・光景として馴染みがある。高く上がった火柱、青空に舞い散る灰の黒を見上げると、形容しがたい興奮と空しさに包まれるのはなんでだろう。農作業を手伝いながら所々に、人ひとり入れそうな大きさの箱型の罠を見かけた。

「毎朝見回りして、罠にかかってたら解体するんだ。」そうか、そうなのか。真顔を作りながら内心緊張が走る。もし鹿が捕まれば私も作業に参加することになっていた。今はコンビニでも手に入る食肉。毎日の数百円、ごちそうに数千円払って、調理して、胃の中に入れても、動物から肉にする行程を考える機会は少ないし、実感もない。けれど、これから先もいただいていくのだし知らないより知ってから噛みしめたいと思うのだが、いざ目の当たりにした自分はどう感じるのか、想像ができなかった。

私たちが手伝いに行った場所は、ほとんどが70歳以上の高齢者のみで農業を営んでいる限界集落とされる地域だ。(猟師の方は88歳だという!)山に入っての猟はせず、鹿やイノシシが民家近くや畑に侵入した際、罠にかかった分を仕留めて肉にしている。「都会を離れてエコライフ」に憧れはしても、膨大な緑に囲まれながら #ていねいな生活 を優雅に送るにはかなりの労力を費やす。田舎の人だから他人や自然に優しいかといったらそんなこともない。やられてしまうから、やるしかないし、どの場所にいようが人は人だ。自然だって見くびってはいけない。毛皮のない私たちはひとたび欲におぼれ暴走すれば、一瞬で自滅してしまう弱い生き物だということを、群衆の中にいると忘れてしまう。

リジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ監督の映画『ジャッリカットゥ 牛の怒り』を思い出した。解体寸前、命の危機を感じた牛が怒り狂って逃げ出し大騒動になる。シンプルなストーリーのようだが、ただのパニックモノではないのです。

©2019 Jallikattu

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』
DVD&Blu-ray発売中
販売・発売元 / マグザム

舞台はジャングルに囲まれた南インド、喜怒哀楽の”怒”ばかり集めたような村だ。常に誰かが誰かの怒りに触れ、喧嘩の火があちこちで上がっている。地獄の始まりを予言するかのように燃え盛る干し草に人々は集まる。暴走を止めない牛は、銀行や商店をぶち壊し、農場を荒らし、村人はやがて肉屋のアントニを責め始める。恋人にも愛想をつかされたアントニは牛を捕まえて汚名を返上しようと奮起するが、いつしか「牛VS人間」の対立は、埋もれていた村の人間関係を引きずり出し、醜い争いへと変化していく。作中、度々上がる炎と、潜在的な感覚を逆なでするような音楽が象徴的だ。人間の目覚めるショットの連続。虫も動物も魚も、全ての生き物が一人称を手にしたかのようにクローズアップされ、リズミカルに切り替わる。

©2019 Jallikattu

本作が描くのは、他を蹴散らしてでも自らの欲望に従う、原始的なヒトの姿だった。理性を失い、懐中電灯を持って叫びながらジャングルを駆け回る群衆は、死肉に群がるハエや獣となんら変わらない。発端が牛だっただけで、きっかけさえあれば積み上げすぎたジェンガのようにガラガラと音を立てて崩れ落ちる。片方が大きく得をしようとすれば片方が損をする。仕方がないと言えばそれまでの天秤だけど、折角1万年以上も人類をやっているのだから、どうにかならないものかと唸る。

翌朝、約束の場所に行くと1頭の鹿が横たわっていた。黒目のみずみずしさで、先ほどまで命を持っていたことが分かる。それでも淡々と作業に向かうことができたのは、この土地での暮らしには無くてはならない営みだと理解したことも一つだが、生きている姿も見ていなければ、再び息を吹き返さないと分かっていたからだと思う。ナイフで整えられていく鹿と目が合うと驚くほど優しく見えた。何か大事なことを、躰を使って教えてくれているのかもしれないと考えながら、理想を並べても結局は自分が人間なんだと強く意識する。解体した鹿肉は持ち帰り、保存して食べている。前に獲ったらしい鹿の頭骨も貰ってきた。「また来ます」とおじいちゃんたちに手を振った。

「いただきます」という言葉は、いただいて生きてきた自分たちを忘れないための言葉で、私はこの日本語があってよかったと思った。

写真提供:根矢涼香

根矢涼香
ねやりょうか|俳優。1994年生まれ。持ち帰ってきた鹿の頭骨を沸騰したお湯で消毒したら鍋に収まらず、異世界と契約を交わした光景のようになってしまった。大事に飾っています。

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⇒DOKUSOマガジン7月号(vol.10)、7月5日発行!表紙・巻頭は磯村勇斗×宇野祥平!


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文 / 根矢涼香 撮影 / 豊田和志 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 岡村成美(TOKYO LOGIC)
衣装 / ワンピース¥8630 / Wild Lily <問い合わせ先>Wild Lily 03-3461-4887

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