【河合健監督×ミヤザキタケル】『なんのちゃんの第二次世界大戦』配信スタート記念特別対談

DOKUSOマガジン編集部

2021年、コロナ禍や緊急事態宣言の最中で様々な制限を強いられながらも、地道な宣伝活動や観客の口コミ、奇想天外ながらも骨太で真に迫る物語が話題となった河合健監督作『なんのちゃんの第二次世界大戦』。今回は同作の配信スタートを記念し、公開当時には配信を考えていなかったという河合健監督と、公開前後から作品を応援し続けてきた映画アドバイザー・ミヤザキタケル氏による特別対談をお届けします。

『なんのちゃんの第二次世界大戦』あらすじ
平成最後の年。外来種である亀の大量繁殖問題に悩まされている架空の街、関谷市。そんな関谷市の市長、清水昭雄は太平洋戦争の平和記念館設立を目指していた。そこに一通の怪文書が届く。
『平和記念館設立を中止せよ。私は清水正一を許さない』 送りつけてきたのは、街で石材店を営む BC 級戦犯遺族の南野和子。そこから始まる、市長 VS 南野家の攻防劇。思想とは無縁の長女・えり子、国際ボランティア活動を行う孫の紗江。もう一人の孫で石材店を共に営む光。そして、紗江の娘の幼子マリ。思想もバラバラの南野家がそれぞれの思惑で昭雄にぶつかっていく。被害者と加害者の境を見失い、物語は奇想天外なラストへと駆け抜けていく―

©なんのちゃんフィルム

ミヤザキ:『なんのちゃんの第二次世界大戦』がDOKUSO映画館で配信されることになりましたが、今回はじめて『なんのちゃんの第二次世界大戦』に触れる方も多いと思うので、改めてどのような作品なのかお聞きしてよろしいでしょうか。

河合:上の年代の方には「変な映画」と言われることが多い作品なんですけど、若い人からは「戦争の見え方がよく分かる」と言われることが多くて、僕は平成元年生まれなんですど、僕から見た太平洋戦争、第二次世界大戦の見え方と、戦争そのもののしょうもなさみたいな、そういうところを具現化したいと思って作った作品です。

ミヤザキ:タイトル的には、「堅い映画なのかな」とか、「THE 戦争映画」的な印象を強く受けると思いますし、僕自身も最初はそうだったんですけど、試写ではじめて拝見させて頂いた時には、とても不思議な映画だな、面白い映画だなと思いました。

河合:すごく真面目な映画だと思う人と、ふざけた映画だと思う人が半分半分で、割と真面目な人からするとお怒りを喰らってしまったり、ふざけた映画だと思って観に来た人には満足してもらえたり、そういう感じでしたね。ミヤザキさんはどういう印象でしたか?

ミヤザキ:タイトル通り、がっつり戦争映画なんだろうなと思っていたら、舞台は現代ですし、南野家と市役所の人たちの様々なやり取りを目にしていく中で、「戦争」という要素を扱いながらも、今の世の中にも繋がっているというか、人と人とが分かり合えないことを描いている作品だなと。
人と人とが分かり合えない果てに行き着くのが戦争だと思うし、今僕たちが生きているこの世の中にも分かり合えないことなんてごまんとありますけど、分かり合えない中での分かり合える一瞬を求めている。そんな風に感じられて、すごく胸に響いたんですよね。
こんな風に話すと、余計に堅い映画なのかなと思われちゃうかもしれないですが、ファンタジーとして描いている部分もあったりして懐が広いというか、本当に観る人によって受け取り方は様々というか、お叱りも受けると思うし、楽しくも観られると思うし、やっぱり不思議な映画だなと思いましたね。

河合:自分でも思いますね、不思議な映画だなと。

ミヤザキ:それは意図的にそうしたんですか?

河合:そうですね。それこそDOKUSO映画館で配信される作品としては、超100%エンターテインメントにも振り切りたくないし、かと言って、真面目な映画にも振り切りたくない。大御所の方から「お前、よくこの題材選んだな」と、よく言って頂けるのですが、事実改ざんとか、平和記念館とか、国に対するアンチテーゼみたいなものは僕自身にはないんですよ。正直に言うと。全部どうだって良いというか、平和だ戦争だとかそんなことで揉めるなんてどうでも良い。そういうところをまんま映画にしてやろうという思いがあって。
上の世代の方には伝わりづらいこともあったんですけど、若い世代の方にはものすごく伝わったんです。「分かります分かります」みたいな。戦争って大それたことを言っているけど、よく分からないし、やりたくないし、只それだけです、みたいな。そういう人に伝わったというのは、ものすごく嬉しかったです。
それでも、その上で、戦争の遺恨は未だに残っているし、それぞれの憎しみと思惑の連鎖は続いています。どうでもいい、分からないだけでは済まされない現実がありますよね。どこまでいっても自分と全く無関係な問題はないと思いますし、そういう意味ではロシアとウクライナの戦争も日本の外側の話では終わらせてはいけないと思います。自分の見えないところで、確実に負の連鎖が起きている。そして、その連鎖の先には自分自身がいるのかもしれない。なんのちゃんを現代劇のブラックコメディにしたのは、そんな奇妙さ・気味悪さを描きたかったからですかね。

©なんのちゃんフィルム

ミヤザキ:僕はなんのちゃんの中で大好きなシーンがあるんですけど、北香那さんと河合透真さんのやり取りの中で、何度書類を渡しても目の前で破り捨てられ、その果てにお弁当を渡すシーンがあるじゃないですか。あのシーンを見た時に、この現実においてとても大事なことだなと思ったんです。
先程河合さんが言っていたように、負の連鎖や報復の連鎖みたいなものは中々断ち切れるものではないし、やられたらやり返したくなってしまうのが人間じゃないですか。その中で、これまでとは全く異なるアプローチで相手との対話を試みているというか、そういう新たな視点や行動こそ、負の連鎖を断ち切るきっかけになっていくというか。それをこの現実で見つけることが何より難しいわけなんですけど…。
とにかく、そういった可能性みたいなものを示している良いシーンだったなと。そういった部分も含めて、戦争について考えたり触れたりする良い機会を与えてくれる映画だなと思い、なんのちゃんは若い人にも是非観て欲しい!とずっと応援させてもらってきましたが、届ける上ではやはり難しい部分もありましたよね。

河合:今回は劇場公開を経た後なのでお話するんですけど、やっぱりどこの劇場へ行っても、あんまり面白くない映画は上映してくれないというか、当たり前の話ですけど、劇場ごとに作品を実際に観てもらって上映するかどうかを決めていただく状況だったんです。唯一の救いは、たくさんの劇場でかけてもらえたということ。京都の劇場の方が「この映画は後々評価される作品ですよね」と仰ってくれたことがすごく嬉しくて。神戸や大阪の劇場でも同じ会話をしていて、僕の未来に賭けてくれる、育てようとしてくれる劇場があるんだというのは、とても救いでしたし励みになりました。

ミヤザキ:僕も昨年ご一緒にユーロスペースや長野相生座ロキシーでトークさせていただきましたけど、他にも全国の色々な映画館をイベントで回っていらっしゃったじゃないですか。実際に各地の映画館に足を運んでみて感じたことだったり、お客さんの生の反応などを目にしてみて如何でしたか?

河合:僕は大阪出身で、大阪のシネ・ヌーヴォは高校生の頃からよく通っていた映画館なんですが、なんだったらそこで観た映画の知識と経験がなんのちゃんに確実に注がれているので、やっぱりシネ・ヌーヴォでどうしても上映したいという想いがあって、そこで上映できたことが感慨深かったです。知らない土地の知らない映画ファンに自分の作品を観てもらえて、劇場から出てきた時に感想も言ってもらえて、お客さんと直接会話ができる喜びを各地の映画館で感じました。
後、ミヤザキさんと一緒に、ミヤザキさんの地元にある長野相生座ロキシーでトークした際のQ&Aも楽しかったですよね。お客さんとのセッションというか、みんなでQ&Aを楽しもう!みたいなことが映画館ではできるというのは発見でした。また新作でロキシーに行きたいです。あの時買ったロキシーのTシャツを、一週間に一回は着ています!

ミヤザキ:とても喜ぶと思うので、ロキシーの皆さんに伝えておきますね。(笑)

河合:ぜひ伝えてください!

©なんのちゃんフィルム

ミヤザキ:今回、とてもお聞きしたかったことがあるんですが、昨年公開していた頃には「なんのちゃんは配信しない」と言っていたと思うのですが、その心変わりというか、どういった経緯があって今回の配信へと至ったのでしょう。

河合:まず流れとして、なんのちゃんは2021年の1月に封切り、オールロケ地である淡路島で公開が始まったんですけど、それが2回目の緊急事態宣言とまる被りして、5/8に公開が始まった東京でも3回目の緊急事態宣言とまる被りして、東京の再上映と、関西での上映が始まる夏にはまた4回目の緊急事態宣言になってしまいました。
僕としては一生配信なくやり続けるというのを目標としていたんですけど、その3回の淡路島と東京と関西の上映で、「観に行きたいけどコロナで行けません」というメールがたくさん届いたんです。その人たちに配信になったことで観てもらえるのは救いでもあるし、どんな風に作品を受け取ってもらえるのか知りたくて。僕は映画館で育ってきましたけど、今の時代、配信でどれだけの人が観てくれるのかを知る良い機会でもあるなと。ある種の敗北宣言ではありますが、それが本当に正直なところですね。

ミヤザキ:でも、結果としては、当時劇場へ行けなかった人たちがなんのちゃんを観られるチャンスなわけですし、絶対に嬉しいはずですよ。

河合:あの当時は今以上にコロナが怖がられていて、そんな時になんのちゃんが上映して、淡路島でお世話になった人たちにすら観てもらえない状況だったので、その人たちに観てもらえる機会があるなら、どんな手段でもやりたいなと。

ミヤザキ:僕もコロナ禍前までは、「配信なんて」って思っていたんです、正直。「映画は映画館で観てなんぼだろ」って。でも、やっぱりコロナ禍を経て考えが変わりましたよね。映画館で目にする良い映画に勝るものはないと今でも思っていますけど、今の時代、サブスクをキッカケに映画を好きになる人も絶対にいますし、配信だからこそなんのちゃんに出会うことになる人もこれから増えていくはずですし。

河合:配信の良さもやっぱりあって。でも、僕はずっと劇場が一番だと思ってきたので、配信の良さというのを作り手として中々試せなかったんですよ。怖くて、配信が。それが今回のことで、ちょっといやらしいんですけど、配信の良し悪しを体験できる良い機会になりました。やっぱり、観られなかった人たちに観てもらえる。これができるのが配信の未知なる部分であり、すごい楽しみでもあります。

ミヤザキ:インディーズ映画を作っている人はたくさんいますけど、映画祭以外では中々発表の機会がないからこそ、配信という形がプラスに転じていくこともあるはずですし、DOKUSO映画館のようなインディーズ映画専門のサブスクもある時代なわけですし、捉え方次第ですよね。配信をどう利用していくかは。

河合:そうですね、やっぱりいろんな所から……。なんのちゃんに関するレビューや投稿を見ていると、「レンタルで観ます」とかあるんですね。でも、なんのちゃんって自主映画なのでレンタルDVDとか簡単にできないんですよ。そんなお金もないので。吹越満さんが主役だから自主映画だって一見分かりにくいと思うんですけど。
ただ、ネットの意見を見ていると、意外とレンタルでしか観ない映画ファンがいたり、配信でしか観ない映画ファン、劇場でしか観ない映画ファンもいる。「ファン」と言っても観る媒体が全然違うというのをはじめて知ったんです。それで言うと、もしかしたらDVDにすることで新たに観てくれる人とも繋がれるかもしれないとか、配信にしたことで新しくなんのちゃんを知ってくれる人がいるかもしれないとか、自分の想定外と繋がれるという嬉しさというか、ちょっとドキドキしているみたいなのはすごいあります。

ミヤザキ:では、今回の配信は色々と挑戦でもあるんですね。

河合:コロナのせいにした僕の好奇心です。なんか、ちょっと知りたいんですよ。

ミヤザキ:なるほど。実際に配信を始めてみた結果や感想を、後日あらためて聞かせて欲しいです。

河合:そうですね。今の時代、劇場だけというのは僕が意固地になっているだけなので、配信の良さをちゃんと身に沁みたいです。

©なんのちゃんフィルム

ミヤザキ:話は変わりますが、今は新作が動いていたりするんですか?

河合:新作はなんのちゃん以降、3本長編シナリオを進めていて、1本は既に書き上げて、残り2本は書いている途中です。映画監督は皆さんそうだと思うんですけど、数本の内1本公開できるかどうかというのがリアルなところで、なんとかその中から1本でも撮れたらなと思っています。

ミヤザキ:その作品も、今回のなんのちゃんの配信を経たことで、いつかは配信で観られる可能性はありそうですかね?

河合:そうですね!

ミヤザキ:最後に、昨年劇場で観ていて、今回あらためて『なんのちゃんの第二次世界大戦』を配信でご覧になる方や、これから初めてご覧になる方に向けて、どんなところに注目して作品を観ていただきたいかをお聞かせください。

河合:劇場上映中はリピートで観てくださる方が多かったんですが、それは作品の複雑さというか、変な映画なので、今回の配信で『なんのちゃんの第二次世界大戦』をより探ってもらえる絶好の機会になると思います。
一番は何より、緊急事態宣言下でもなんだかんだ8~9ヵ月上映を続けてきたものの、「行きたくても行けない」という人が多い中で上映してきたので、劇場へ来られなかった方にはぜひ配信で映画を堪能してもらえたらと思います。
後、劇場公開用に作った暗い仕上がりなので、ご自宅で観る際には部屋を暗くしてご覧ください。もしなんのちゃんを観て気に入ってくださる方がいましたら、そして、コロナが収束していれば、次こそはぜひ新作を劇場で観てもらえたらと思います。

河合健 1989年生まれ、大阪府出身。映画監督、緒方明を師事。 日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、 助監督として、瀧本智行、熊切和嘉、入江悠などの監督作品に携わる。 また、その合間に自主映画を二本製作。 一作目の自主映画『極私的ランナウェイ』がぴあフィルムフェスティバル2012、 ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2013のコンペティションに入選する。 二作目の自主映画『ひつじものがたり』がドイツの第16回Nippon ConnectionのNIPPON VISIONS部門、 オランダのCAMERA JAPAN2016で上映される。 本作では、企画発案から出資集め、プロデューサー・脚本を兼務する。

ミヤザキタケル 1986年生まれ、長野県出身。2015年より「映画アドバイザー」として活動を始める。 WOWOW・宝島社sweet・DOKUSOマガジンでの連載のほか、渋谷クロスFM・Voicy・各種WEB・雑誌・メディア等で映画を紹介。イベント登壇、映画祭審査員、映画のカメオ出演、BRUTUS「30人のシネマコンシェルジュ」など幅広く活動中。

©なんのちゃんフィルム

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