『名付けようのない踊り』を観て、酒場での振る舞いについて考えてみる【折田侑駿の映画とお酒の愉快なカンケイ】

折田侑駿

©2021「名付けようのない踊り」製作委員会

生命そのものが踊っている──田中泯さんの踊りを初めて生で目にしたとき、そう思った。というより、自分の身体がそう感じた。舞台に立つ泯さんの生命のゆれ、ふるえ、しびれが、少し離れたところにある僕の身体をも揺さぶったのだ。この目で捉えられるかたちの表層的な踊りでなく、そこにある存在の“根源的な何か”が踊っているのを知覚した。つられてこちらまで踊っているような感覚にとらわれるのは初めての体験だった。

そんな泯さんの底知れぬ魅力と秘密に迫るドキュメンタリーが『名付けようのない踊り』である。どのようなダンスのジャンルにも属さない彼の踊りを称した言葉が、そのまま映画のタイトルになっている。ダンサーとして表現者のキャリアをスタートさせた泯さんの思想や哲学を、さまざまな角度から見つめる作りとなっているものだ。

©2021「名付けようのない踊り」製作委員会

とても興味深いのが、普通はダンサーたちが踊るために身体を磨くのに対して、泯さんはそれをしないのだということ。彼は山梨の山奥で猫や山羊たちと暮らしていて、ダンスや俳優業をはじめとする表現活動のとき以外は農業に勤しんでいるのだ。ここで農作物とともに培われるものこそが、泯さんの身体だというわけだ。

監督を務めているのは、彼の存在に惹かれてやまない犬童一心監督。49歳で俳優デビューを果たした泯さんに、自作『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)への出演オファーをした際の逸話も興味深い。「演技はできないが、一生懸命居ることはできる」と口にした泯さんは、ダンスに関しても、映画に関しても、ただただ、「一生懸命居る」ことを実践しているというのだ。この言葉に強く惹かれる。

©2021「名付けようのない踊り」製作委員会

さて、あまりにマジメな映画紹介記事のようになってしまったが、ここは「映画とお酒」を語るコーナー。このあたりでちょっと酔ってみて、千鳥足で思考回路をショートさせ、話を飛躍させてみたい。

たとえば、初めて入る酒場の話。こんな場では、振る舞いに気をつけなければならない。古くからある居酒屋に入ると、やはりカウンターには人生の先輩たちが並んでいる。すると当然、僕よりもうんと年齢を重ねてきた人々に混じって酒を口にすることにもなる。店を切り盛りする大将や女将さんらとともに、その店に通い、守り続けてきた人々だ。

居酒屋は、経営する側の努力だけで続けられるものではないはず。今回の疫禍がそれを証明した。たとえ満足に給付金があったとしても、やはり簡単なことではないと思う。居酒屋とともに年齢を重ねる人々の存在があるからこそ、店の生命は輝き続け、やがて「名店」や「老舗」と呼ばれるようになっていく。ときには面倒な常連客(重鎮)などがいるかもしれないが、彼らがいるからこそ、僕はそこの暖簾をくぐることができるのだ。

©2021「名付けようのない踊り」製作委員会

初めて訪れた店では、どのように振る舞うべきか──。大将たちのテンポ感や特有のルールには、積極的にこちらが合わせなければならない。ここでいつも大切だと思うのが、「一生懸命居る」ということなのだ。それも絶対に一人で。コンビやグループで居座ってしまっては、見えてこないものがある。

そこにいる人々の息づかいに耳をそばだて、彼らの所作の一つひとつを見逃さず、ただ居る。すると自然と、その店に適した振る舞いができるようになるというものだ。気がつけば目の前には、旨い酒と肴がズラリ。そうしてやがて、自分自身もその店の歴史の一部となる。

酒場はさまざまな生命が煌々と輝く場だ。こうして僕はいつも、そこに通う者たちが代々継いできた伝統的な「踊り」に参加している──話が飛躍しすぎてしまったかもしれない。目が回った。

©2021「名付けようのない踊り」製作委員会

『名付けようのない踊り』
脚本・監督 / 犬童一心
出演 / 田中泯、石原淋、中村達也、大友良英、ライコー・フェリックス、松岡正剛
公開 / 1月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9、Bunkamura ル・シネマ 他
©2021「名付けようのない踊り」製作委員会

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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