『梅切らぬバカ』老いた母と自閉症の息子を通して見る、今この時代に必要なもの

ミヤザキタケル

©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

若手映画作家の発掘と育成を目的とした文化庁主催の「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」において選出・製作された和島香太郎監督作。54年ぶりの映画主演となる加賀まりこと、ドランクドラゴンの塚地武雅が親子役で共演。年老いた母と自閉症を抱える50歳の息子が、隣人家族や苛立ちを募らせる近隣住民たちとの関わりの中で地道に日々を生きていく様を描いた人間ドラマ。

©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

多様性を尊重する社会を実現すべく、近年様々な変化と、変化を促す運動や問題提起が僕たちの身の回りで起きている。本来あるべき形を理解し、柔軟に適応していける人もいれば、凝り固まった思考や価値観を手放せず、大きく考えを改めることを要求される人もいる。

これらの話題となるとLGBTQであったり、生き方や働き方などについて光が当たりがちだが(無論それらも大切なことだが)、本作で扱われているような題材、描かれている人間模様などもまた、今この時代を生きる一人ひとりが真剣に向き合っていく必要があることではないだろうか。

©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

「自閉症」と聞いて、その概要や原因について答えられる人は、果たしてどれだけいるだろう。むしろ、不安を感じたり、自身の無知さが露呈することや、不用意に誰かを傷付けることを恐れる人の方が多いのではないだろうか。

そう、人は初めて触れるもの、自分とは異なるもの、得体の知れないものに恐怖を抱きがちだ。正しく理解することでその誤解や偏見は取り除かれるが、他人事でいられる内は、そして無関心のままで支障がない内は、わざわざ理解しようなどとは思わない。理解するためには、何かしらの理由やキッカケが必要になってくる。

だからこそ、世界は、社会は、僕たちの身の回りは、未だこんな状況にある。ただ、こんな状況にあるからこそ、本作には存在意義がある。誰かにとっての理由やキッカケにだってなり得る可能性を秘めている。

©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

息子の将来を危惧する母、隣に越して来た一家、知的障害者が集うグループホームを問題視する近隣住民など、三者三様の立場や思惑を目にしていく中で気付かされることがある。それは、誰だって間違いを犯すということ。その間違いを許すことのできる“寛容さ”が、より良き社会を築いていく上で必要だということ。

しかし、現実はどうだろう。日に日に厳しくなるコンプライアンス。SNS上でのミスコミュニケーションは日常茶飯事で、炎上騒ぎにでもなれば社会から抹殺されかねない。個人情報が重要と化した今、無暗矢鱈にご近所付き合いも行わない。そんな状況下で間違いを犯すことはリスキーでしかなく、無縁の他人に寛容に接することもまた至難の業。ましてや、コロナ渦によって様々な繋がりが断ち切られている今となっては絶望的。

なればこそ、本作で目にすることのできるささやかな優しさや寛容さが、今を生きる僕たちには必要なのだと強くその身に沁み渡る。もしも本作が響いたのなら、本作誕生のキッカケであり、和島監督が編集として参加したドキュメンタリー映画『だってしょうがないじゃない』(坪田義史監督作)も併せてご覧頂きたい。

©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

『梅切らぬバカ』
監督・脚本 / 和島香太郎 出演 / 加賀まりこ、塚地武雅、渡辺いっけい、森口瑤子、斎藤汰鷹 他
公開 / 11月12日(金)よりシネスイッチ銀座 他

※ミヤザキタケルさんの今回のコラムを含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」10月号についてはこちら。
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ミヤザキタケル 映画アドバイザー

WOWOW、sweetでの連載のほか、各種メディアで映画を紹介。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』がバイブル。

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