『街の上で』を観て思う、缶ビール片手に歩いた「街の上」でのこと【折田侑駿の映画とお酒の愉快なカンケイ】

折田侑駿

©「街の上で」フィルムパートナーズ

街を歩きたい。缶ビールなんかを飲みながら。そんなことを思っているうちに、気がつけば季節はすっかり秋。ビールを飲みながらの散歩に季節は関係ないけれど、やっぱりベストなのは夏だろう。汗をかきながら飲むビールは格別だ。

しかし、そんな未練がましいことばかり言ってはいられない。季節は移ろいゆくもの。それにさまざまな事情によって、街だって表情を変えていく。そう、「いま」はいましかないのだ。映画『街の上で』には、ロケ地となった東京・下北沢の街と、そこで暮らす人々の2019年時の「いま」が収められている。

©「街の上で」フィルムパートナーズ

本作は、下北沢に住む主人公・荒川青(若葉竜也)と、彼を取り巻く人々の姿を見つめている。日々、下北沢の街を歩き、そして飲み、食べ、おしゃべりをする青の日常に付き合っていくうちに、まるで自分も下北沢を歩いているような錯覚に陥る。映画が終わる頃には静かながらもはっきりとした感動が脈を打ち、全身を包む心地良い疲労感を覚える。上映尺の130分間ほど、青と行動をともにしたからだ。

もちろん、青と行動をともにするのと同時に、彼の生態系を俯瞰的に観察する楽しみもある。歩き、飲み、食べ、おしゃべりをする──日常における彼のこれらの行動をつぶさに見つめるのだ。

©「街の上で」フィルムパートナーズ

大好きなシーンがある。青がとある大きなチャレンジをするも、努力の甲斐もむなしく空振りに終わり、その結果、ひとりの女子大生・城定イハ(中田青渚)と出会い、楽しいおしゃべりのひとときを過ごす一連のシーンだ。この場面は延々と見ていられる。いや、永遠に見ていたい。彼らが口にしているのは麦茶なので申し訳ないが、こちらはウーロンハイを何度でもかおかわりしながら。「匂いだけでご飯3杯いける」の感覚に近い。

長回しによって収められた、“恋バナ”をはじめとする青とイハの会話劇は脚本どおりらしいものの、日常のひとコマを切り取ったような瑞々しさがある。ふたりのセッションから生まれる空気感や、言葉を発するタイミングとテンポの心地よさがどうにもクセになるのだ。

©「街の上で」フィルムパートナーズ

だが、こういった偶然の出会いはおろか、それが生まれる機会にすらなかなか恵まれないのがいまの時代(2021年秋)というもの。お酒を片手に街を練り歩くのを、どうにも夢想してしまう。

青にとっての街は下北沢だけれど、私たちそれぞれに、各々の思う「街」があるだろう。もちろん私にもある。外で飲酒を自粛するよう、注意喚起する張り紙などをしばしば見かけはするものの、何も禁止されているわけじゃない。ひとりでチビチビ、ひとりでテクテク静かに飲る(やる)なら問題ないだろう。

馴染みの店の営業形態が変わっていたり、シャッターが閉まったままだったり、かつての街と、いまの街の表情はちがう。彼らはいま、どんな顔をしているのだろう? よし、街へ散歩に出てみよう。そしてこちらから、ほほえみかけてみよう。さあ、「プシュッ……(缶ビールのプルトップを開ける音が秋宵に響く)」。

©「街の上で」フィルムパートナーズ

『街の上で』
監督・脚本 / 今泉力哉 出演 / 若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚、成田凌(友情出演)
©「街の上で」フィルムパートナーズ

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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