酒を片手に、今年こそ特別な夏に向かって──『ひと夏のファンタジア』

折田侑駿

©Nara International Film Festival+MOCUSHURA

「今年の夏こそは、今年の夏こそは、今年の夏こそは、今年のna……」──などと意気込み、ひとり震えている夜。いったい何に意気込み、震えているのか。それはもちろん〈夏〉を存分に謳歌することに対してである。

誰とはなしにYUIの「SUMMER SONG」を口ずさみ、いつしかみんなで「アンダー・ザ・シー」の大合唱へ。そうして海に向かったのは、もう2年前のこと。シラフながらもただただ気分が高揚し、伊豆の海岸にて無我夢中で砂を掘っていたところ、密漁者だとの誤解を招いたのだろう。“警告”のアナウンスが、波音や家族連れの人々のはしゃぐ声をかき消す勢いでビーチに轟いたあの日が、遠い昔のことに感じる。

昨年の2020年は夏らしいイベント事がほとんどなく、花火にバーベキュー、ビアガーデンなどなど、夏の風物詩的なものを目にする機会もほとんどなかった。

だからこそ、だからこそ、今年の夏こそは──特別なものにしたいのである。

これは筆者だけでなく、みながおおむね同じ気持ちなのではないだろうか。そもそも夏がやってくれば、誰もが毎年「特別なものにしたい」と強く願うもの。叶うのならば、映画『ひと夏のファンタジア』(2014年)に描かれているような夏に──。

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奈良・五條を舞台にふたつの異なる物語が展開する本作は、『殯の森』(2007年)や『Vision』(2018年)などの河瀬直美がプロデューサーを務め、韓国のチャン・ゴンジェ監督が手がけたもの。

第1章では、韓国からシナリオ・ハンティングにやってきた映画監督のテフン(イム・ヒョングク)とその助手が、観光課の職員・タケダとともに、ひたすら五條の町を練り歩くさまが描かれる。

一方の第2章では、韓国から五條にやってきた若い女性のヘジョン(キム・セビョク)が、観光案内所で柿農家の青年・ユウスケ(岩瀬亮)と知り合い、これまた町を練り歩き、やがてふたりにはロマンチックな〈夏の夜〉がおとずれる。

ふたつの物語はまったく別モノだけれど、第1章ではキム・セビョクが監督の助手を演じており、岩瀬亮が観光課職員に扮している。このふたりは第1章と第2章とで別の人物を、つまり一人二役を演じているのだ。

観終えたあとでこう思う。夢か現か──そんなふたつの物語をつなぐのは、夜空に上がる花火。パッと光って咲いては消え、気がつけば、本当に目にしたのかどうか分からない。けれども脳裏にはたしかに焼き付いていて、目を閉じれば夢幻的な光景がハッキリよみがえる。そんな花火のような、まるで狐につままれたような読後感が、ふたつの物語から成るこの映画にはあるのだ。さてさて、下から見るか? 横から見るか? たぶん結果は同じこと。

©Nara International Film Festival+MOCUSHURA

この映画に登場する者たちのように、五條の町並みのなかをのんびりと練り歩きたいものだ。しかし、「今年の夏こそは」というのが、今夏もなかなか叶いそうにない。筆者は都内在住。奈良まで出向くのは難しそうだ。甲子園球児がバットを振る以上に、ブライアン・デ・パルマの『アンタッチャブル』(1987年)にて、ロバート・デ・ニーロ演じるアル・カポネが“対人フルスイング”をかますような夏(≒禁酒法時代)が到来。東京からの“県境をまたぐ移動”どころでなく、もはや「日本脱出」をしたいくらいである。

でなければ、「無理心中 日本の夏」となる剣呑な雰囲気さえ漂っている気がしてならない。とはいえ脱出したところで、やがて日本に帰ってくれば、ヒマワリどころか一輪の「乾いた花」すら残っていなさそうだが。

……もう、暗い話はこれくらいにしておこう。私たちのリアルに暗雲が立ちこめているのは事実だが、やっぱり『ひと夏のファンタジア』のような夢を見たいのだ。外での飲酒は規制されているものの、まさかひとりで自宅で飲むのに関してまで、とやかく言われる筋合いはない。『ひと夏のファンタジア』のような現象──例えば、自分が違う誰か(のような気分)になっていたり、夢でも見ているような気分になったり──は、飲酒時にだって起こり得る。酩酊状態ともなれば、「ファンタジア(幻聴)」だって聞こえてくるものだ。

©Nara International Film Festival+MOCUSHURA

こうなればもうヤケ!──「やけのやんぱち日焼けのなすび 色が黒くて食いつきたいが あたしゃ入れ歯で歯が立たないよときやがった!」なんて寅さんの調子で、したたかに酔ってしまおう。その後に激しい二日酔いとともに、後悔と自責の念に駆られるだろうが、でもしょうがないじゃないか。

「要請」だの何だので、ひとり寂しく自宅にて、ひっそり“飲って”いる結果だもの。ここでおちいる二日酔いのダメージが大きいのは、じつは体よりも心である(そして、脳)。あなたの想像力の豊かさが、あなた自身の二日酔いをより辛くするのだ。あなたは何も悪くない。ひとりきりの時間、酔いにまかせて誰かに電話しちゃったり、はたまた、盛りを過ぎた“Zoom飲み”とやらに無理やり参加させられた腹いせに、「無礼講!」だなんて上司にタメ口きいてみたり、ラインで怪文書を送りつけたり。

あなたは何も悪くない。そう、誰も悪くない。だから自分を責めないで。もちろん誰かのせいにもしないで。そんなことをしてしまいそうになったら、そっと自分を抱きしめてほしい。

そして、夢を見よう。酒に酔ったまどろみのなかでだっていいのだ。せっかくの夏をムダにしてはいけない。今年の夏だって、きっとあなただけの「ファンタジア(幻想曲)」が流れている。きっと、特別な夏にしてみせるのだ。

©Nara International Film Festival+MOCUSHURA

折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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